宮吉ガラスの誕生
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1926 to 1940s
ガラスそのものに付加価値をつける仕事で活路
創業者は、立木吉次郎。織田家に仕え、箱根代官を輩出した旧家の7男で、兄の惣太郎が養子に入り創業した大阪市東区(現:中央区)のガラスの卸問屋「宮崎惣太郎商店」で経験を積んだ後、名古屋市中区で「宮吉硝子店」を創業。板ガラスの卸と工事を主軸に業績を伸ばしていくが、戦争により状況は一変。名古屋大空襲では社屋が全焼し、事業中断を余儀なくされた。戦後は、板ガラスの卸に加えて、カガミの取り扱い、ガラスの特種加工など、ガラスそのものに付加価値をつける仕事で活路を見出していく。
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1950 to 1980s
戦後復興、高度経済成長の中先を見て、時流に乗る
戦後復興期に入ると、街はビル建設ラッシュに沸き、住宅着工戸数は右肩上がり。建築業界で新材料・新建材、新工法の導入が進む中、時代の動きにいちはやく応えた。主力の板ガラス、カガミ全般に加えて、自動車ガラスやサッシ関連業務にも参入。商品の多角化を進めてガラスの総合卸問屋へ成長を遂げた。日本を代表するガラスメーカーの特約店、大手サッシメーカーの専属商社となり、ルート販売で大きく飛躍。商圏は、愛知、三重、岐阜、静岡、東海エリア全域に拡大。活動拠点として営業所を設置し、物流面の合理化を推進していった。
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1990s
ガラスを中心にモノづくりの分野へ進出
商圏を日本全国へガラス業界に、日米構造協議やバブルの崩壊の大きな波が押し寄せた1990年代。板ガラスのルート販売にとどまらず、ガラスを中心したモノづくりの分野へ進出を図った。ガラスを加工した商品開発、ガラス以外の関連商品の直販に加えて、施主やフランチャイズ本部、ゼネコンなどに対して設計段階から提案を行う新たなビジネスモデルを確立。全国のガラス加工メーカー、優良な職人との協力体制による流通組織を整備し、商圏を日本全国へと拡大していった。
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2000s
求められる製品を、あらゆる場所で創る進化するビジネスモデルで躍進
多様な製品群、全国の事業会社とのネットワークを構築し、提案・設計・納品・施工のすべてを全国均一品質で実現する進化するビジネスモデルを確立。全国規模で店舗展開を行う飲食チェーンやコンビニエンスストア等とのビジネスを拡大した。さらに、自動車・家電・スマートフォン等への素材提案、店舗施設への機能提案、ITベンチャーや異業種とのコラボレーションなど、さまざまなジャンルにビジネスの領域を広げていく。
for the future
さまざまな分野でモノや人、技術やアイデアなどをつなぎ合わせ、
時代の変化やニーズに応える新たな価値を生み出していく。
今この時も、未来における新たな価値を生み出すために、挑戦を続けています。
日本そして世界のさまざまな領域で
価値を創造する商社へ
歴史と実績に裏付けされた安定性と成長性をベースに、未来に向けての10年ビジョンを始動。
新たな製品開発、新たなチャネル開発、海外での商品の生産、ヨーロッパや中東への展開など持続可能な社会を見据えた、価値創造プロジェクトが次々とスタート。
日本、世界中でも類を見ない、ユニークな価値創造商社を目指します。